ヒトの腸内細菌は、食べているものによってパターンが決まるといわれています。長期間にわたる食生活によって決まる腸内細菌のパターンはエンテロタイプとよばれています。
今回は、食生活によるエンテロタイプの傾向、そして日本人を含むアジア人におけるエンテロタイプの特徴について解析した研究を紹介します。
ヒトのエンテロタイプは長期的な食事パターンで決まる
腸内細菌のパターン、つまりエンテロタイプを見れば、日頃どのような食生活をしているか想像できるという研究者もいます。2011 年に「Science」誌に発表された報告によると、長期的な食事パターンによってヒトのエンテロタイプは決まるそうです。 研究チームは、98 名の便を解析し、バクテロイデスが多いグループとプレボテラが多いグループにわけられることをまず確認しました。 次に、高脂肪食/低線維食を食べるグループと低脂肪食/高線維食を食べるグループにわけて10 日間にわたって腸内細菌の変化を観察しましたが、24 時間以内に腸内細菌の構成は多少変化するものの、もとのエンテロタイプを変えるほどは影響がないことが明らかになりました。 つまり、長期的な食事パターンがヒトのエンテロタイプを決定しているということです。 では、どのような食事パターンでどのようなエンテロタイプになるのでしょうか。ヒトのエンテロタイプはだいたい3 つにわけられる
世界的科学誌である「Nature」に発表された報告によるとヒトの腸内細菌のパターン(エンテロタイプ)は大きくわけて3 種類であることがわかっています。1, バクテロイデス属が多いタイプ
アメリカ人や中国人に多く見られるタイプ。 炭水化物が少なく、タンパク質や脂肪分を多く摂る食事をしている人においてよく見られる。いわゆる肉を主食としている人に多い。 バクテロイデス属は日和見菌であり、腸の環境によって良くも悪くもなる可能性がある。最近の研究では、バクテロイデス属には肥満を防止する作用があるとされ注目されている。2, プレボテラ属が多いタイプ
アジア人、中南米やアフリカの人に多く見られるタイプ。 炭水化物や食物繊維の摂取が多い人に見られる。いわゆる穀物を主食としている人に多い。 プレボテラ属も日和見菌であり、腸の環境によってよくも悪くもなる可能性がある。プレボテラ属は口の中でも多く見られる細菌の1 つで、Prevotella intermedia とよばれる菌は歯周病や脳梗塞と関連するといわれている。 コプリ菌(Prevotella copri)とよばれる腸内細菌は、関節リウマチや糖尿病と関連するといわれていますが、食物繊維の効果を引き出すためにはコプリ菌がいた方がいいとする報告もあります。 参照 コラム「コプリ菌は悪者なのか?食事やリウマチに関連するコプリ菌とは」3, ルミノコッカス属が多いタイプ
日本人やスウェーデン人に多く見られるタイプ。 1と2 のグループの中間的な食事をしている人に見られる。 ルミノコッカス属が腸内に増えると、バクテロイデス属が減っていることがある。ルミノコッカス属が腸内に増加すると糖質や脂質の蓄積が促進される可能性があり、脳梗塞や心筋梗塞の発症と関連するといわれている。 大きくわけて3 つのエンテロタイプを説明しましたが、研究者の中には単純に3 グループにわけるのは難しいという方もいますので参考程度に考えておくとよいです。 例えば、日本人やスウェーデン人の約80%以上はルミノコッカス型といわれていますが、残りの約20%は食べている食事の内容などによってバクテロイデス属やプレボテラ属が多いグループにわけられることがあります。では、アジア人を対象とした研究ではどのようなエンテロタイプにわけられるのでしょうか。
アジアの子どもにおいても国によってエンテロタイプに違いがあった 世界各国の研究では、アジア人としてひとくくりにされることも多いですが、アジア地域に住む各国の子供のエンテロタイプを解析した研究報告もあります。 日本の研究チームは、アジアの5 つの国と地域(中国、日本、台湾、タイ、インドネシア)の子供を対象に腸内細菌の解析を行い、日本人の子供は他国に比べてビフィズス菌が多いことを2015 年2 月に「Scientific Reports」誌に報告しました。 日本、中国、台湾、タイ、インドネシアの都会と地方それぞれに住む7-11 歳の子供たち303 人を対象に、腸内細菌と食習慣のアンケートを解析しました。 結果を見ると、アジアの子供には2 つのエンテロタイプのグループがあることがわかりました。 1 つは、ビフィズス菌とバクテロイデス属細菌を主体とするBB タイプで、もう1 つは、インドネシアとタイに多く見られるプレボテラ属細菌を主体とするP タイプです。BB タイプは、日本、中国、台湾の子供に認められました。 ビフィズス菌は善玉菌の代表ともいえる腸内細菌で、腸の健康だけでなく体全体に良い影響を与えると考えられています。プレボテラは炭水化物の摂取が多いと増えるといわれているので、米を主食とする日本人の子供に多く見られたという結果もうなずけます。 一方で、P タイプは東南アジアの子供に多く認められました。プレボテラ属は食物繊維の分解酵素が強いことがわかっており、消化しづらいでんぷんや食物繊維の多い食事をよく食べる東南アジアでP タイプが多いことの要因になっているのではないかと推測されています。 日本人の子供は、アジアの中でも他国に比べてビフィズス菌が多く、腸内環境が良いことが明らかになりました。 ところで、ビフィズス菌、バクテロイデス属、プレボテラ菌については傾向や特徴がわかりましたが、その他のエンテロタイプを構成している腸内細菌にはどのようなはたらきがあるのでしょうか。 ルミノコッカス属は、腸内に増えると脂質や糖質を溜め込むようになり糖尿病や心筋梗塞などの原因になる可能性があるといわれています。 ラクノスピラ科の腸内細菌には、腸管の免疫を活性化したり、体の中の炎症を抑える作用がある菌が含まれており、1 型糖尿病や肝硬変、喘息などで低下していることが報告されています。 ベイロネラ科は、口の中に存在する菌としても知られており口臭の原因になるといわれています。また、ラクノスピラ科と同様にベイロネラ科が減少していると喘息になるリスクが高いと考えられています。 ストレプトコッカス科の腸内細菌は、レンサ球菌とよばれることもあり日和見菌と考えられています。体が弱っていると腸内で悪いはたらきをすることもありますが、健康で腸内細菌のバランスが保たれている時には悪い影響はありません。ストレプトコッカス科の仲間で、Streptococcus bovis という細菌が大腸がん患者の腸内に増えているという報告もあります。 最後にエンテロバクター科ですが、腸管感染症の原因になる種類も含まれています。自己の免疫システムが何らかの原因で障害され、自分の体の中でできた抗体が腸の粘膜を攻撃してしまう潰瘍性大腸炎やクローン病とよばれる炎症性腸疾患では、乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌が減少し、腸管粘膜におけるエンテロバクター科が増加しているという報告もあります。 今までの報告をふまえてそれぞれの腸内細菌の特徴をまとめましたが、今後の研究によってはまた新たな役割が発見される可能性もあります。 また、腸内細菌はバランスがとても大切で、病気と関連するといわれている細菌でも異常に増加しなければ腸や体に悪影響を与えることがないこともあります。 大切なのは、バランスの良い食事を摂って、健康的な腸生活を送ることです。さいごに
今回は長期的な食事によって決まるエンテロタイプのパターンやアジア人の子どもにおけるエンテロタイプについて紹介しました。バクテロイデス属、プレボテラ属、ルミノコッカス属、ビフィズス菌が注目されることが多いですが、その他の菌についても現在わかっていることをまとめました。 今後、さらなる研究でそれぞれの腸内細菌の役割がより解明されていくことが期待されます。参考文献
1) Wu GD, Chen J, Hoffmann C et al. Linking long-term dietary patterns with gut microbial enterotypes. Science. 2011 Oct 7;334(6052):105-8. doi: 10.1126/science.1208344. Epub 2011 Sep 1.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21885731)
2) Arumugam M, Raes J, Pelletier E et al. Enterotypes of the human gut microbiome. Nature. 2011 May 12;473(7346):174-80. doi: 10.1038/nature09944. Epub 2011 Apr 20.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21508958)
3) 服部正平.「ヒト腸内マイクロバイオーム解析のための最新技術」,日本臨床免疫学会会誌,2014;37(5):412-422
4) Nakayama J; Watanabe K; Jiang J et al. Diversity in gut bacterial community of school-age children in Asia. Sci Rep. 2015 Feb 23;5:8397. doi: 10.1038/srep08397.
(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25703686)
5) 渡邉邦友.「ヒト腸内ミクロビオータの関与が疑われる話題の疾患」,モダンメディアシリーズ 腸内細菌叢, 2014;60(12):356-368
6) 大草敏史.「腸内細菌叢の消化管疾患への関与」,モダンメディアシリーズ 腸内細菌叢, 2014;60(11):325-331
参照サイト
http://www.afpbb.com/articles/-/3061807?pid=0
医者 大塚真紀
腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。
現在は夫の留学についてアメリカに在住。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。
アメリカにいても医師という職業を生かし、執筆を通して患者さんやその家族のために有益な情報を提供できたらと願っている。