腸の中にいる腸内細菌の種類やバランスは、人種、遺伝、食事によって影響を受けるといわれています。では遺伝で腸内細菌のバランスが決まってしまうのであれば、どんな食事を食べても太らないし、大腸がんなどの腸の病気にならないのでしょうか。
今回は遺伝と食事のどちらが腸内細菌に大きく影響を与えるのかという疑問に答えるような研究を3 つ紹介します。
腸内細菌に影響を与えるのは遺伝か食事か
マウスやヒトにおいて、腸内細菌を決定しているのは遺伝だという説があり、今までいくつかの論文で明らかにされています。一方で、ヒトにおいて遺伝情報が全く同じである1 卵生双生児の腸内細菌を比較したところ、腸内細菌の構成が異なっていたので遺伝よりも食事などの環境の影響が強いという報告もあります。 アメリカの研究グループは、遺伝的に種類の違うマウスに対して脂肪分と糖分の多い食事を食べさせるとどのように腸内細菌が変化するか観察しました。今までの研究で報告されているように、マウスの種類によって腸内細菌の特徴があることが確認できました。しかし、高脂肪で高糖分の食事を食べさせたところ、数日単位で腸内細菌のバランスが変わることがわかりました。別名デブ菌とよばれているファーミキューティスという菌が増えて、バクテロイデスが減ることが明らかになりました。デブ菌は、高脂肪、高糖分の食事が占める割合が多いほど増加することも示されました(グラフ)。腸内細菌のパターンが変わるまでに要する時間は、平均3.5 日ということがわかりました。 食事による腸内細菌の変動は、どの種類のマウスにおいても観察されたので、今回の研究から遺伝よりも毎日の食事の方が腸内細菌のバランスに大きな影響を与えることが明らかになりました。 では、ヒトにおいて食べるものでどれくらい腸内細菌が変動するのでしょうか。食べるもので腸内細菌が大変動!
今回の研究では、A さんとB さんの毎日の唾液と便を1 年間にわたって解析することで、口腔内の細菌と腸内細菌が食事や毎日の生活習慣によってどのように変化するか観察しています。 結果的には、便や唾液に含まれる細菌そうは決まった生活をしていれば何か月にもわたって安定していることがわかりました。しかし、日々の腸内細菌の変動を見ると1 日単位で変わっていることが明らかになりました。特に、前日に食べた食物繊維の量は翌日の腸内細菌のバランスに最も大きな影響を与えることがわかり、数字にすると15%の影響力だそうです。食物繊維は善玉菌のえさになり、健康な腸の状態を保つために大切なことは以前からいわれていましたが、やはり今回の研究でも腸内細菌に与える影響力は大きいようです。 今回の研究で興味深い点は、A さんが旅行に行った後とB さんがサルモネラの食中毒にかかった後に腸内細菌の変化を解析したことです。A さんの腸内細菌は、旅行に行ったことで腸内細菌のバランスが変化しますが、自宅に帰宅後2 週間で元のバランスに戻りました。 また、B さんは食中毒にかかる前まで半分を占めていた腸内細菌群が1%以下になり、普通であれば少数であった腸内細菌群が65%を占めるようになりました。 つまり、食中毒によって腸内細菌のバランスが大きく崩れたということです。Aさんの旅行による腸内細菌の変化と違い、B さんの食中毒の場合には病気から回復しても、数か月間腸内細菌のバランスが崩れた状態が続いていました。 ヒトにおいても、毎日の食事が腸内細菌の変動に大きな影響を与えることがわかりました。では、食事が腸内細菌のバランスを崩し、病気を引き起こす可能性はないのでしょうか。食事の内容で大腸がんになりやすくなる可能性
食生活の欧米化によって、日本人における大腸がんの発症率が増えています。原因の1 つとして、動物性タンパク質や脂質の摂取の増加、食物繊維摂取量の低下が挙げられています。 アメリカやイギリス、南アフリカなどの共同研究チームは、大腸がんの発症が少ない南アフリカの住民と大腸がんの発症が多いアフリカ系米国人の腸内細菌と腸内の状態が食事によってどのように変化するか研究しました。 研究グループは、50-65 歳の南アフリカの住民20 人とアフリカ系米国人20 人を対象に、用意した宿泊施設で両者の食事のパターンを取り換えて2 週間過ごしてもらいました。南アフリカの住民に対しては、今まで食べていた高線維で低タンパク質の食事から西洋風の低線維で高タンパク、高脂肪食に変更し、アフリカ系米国人に対しては逆に今までの西洋風の食事から高線維で低タンパクの食事に変更しました。食事の変更前後に、大腸カメラで大腸の粘膜の様子と便を調べました。 すると、米国人においては腸内の炎症レベルだけでなく、がんを発症するといわれている化学物質も低下していました。一方で、南アフリカの住民は今までの健康的な腸内環境から大腸がんを起こしやすいような状態に変化してしまいました。 つまり、同じアフリカを起源とする民族でも住む場所の食生活によって腸内環境が劇的に変化すること、そして高線維、低脂肪、低タンパク質の食事を摂れば大腸がんを引き起こすような悪い状態の腸内環境でさえ、改善することが明らかになりました。 今回の研究と同様な研究は他にも報告されており、日本人がハワイに移住すると日本に住んでいる日本人に比べて、地元民と同じように大腸がんの発症頻度が上昇するといわれています。さいごに
今回は、食事が腸内細菌に与える影響についてまとめた研究を3 つ紹介しました。遺伝よりも毎日の食事の方が、腸内細菌の変動に与える影響が大きいことがわかりました。脂質、糖分、動物性タンパク質が多く、食物繊維が少ない食事は腸内細菌に悪影響を与え、肥満になりやすい腸内細菌が増えるだけでなく、大腸がんなどの腸の病気を引き起こす可能性があります。やはり毎日の食事は食物繊維を多く含むようなバランスのとれたものがよさそうです。参考文献
1) Carmody RN, Gerber GK, Luevano JM Jr et al. Diet dominates host genotype in shaping the murine gut microbiota.Cell Host Microbe. 2015 Jan 14;17(1):72-84. doi: 10.1016/j.chom.2014.11.010. Epub 2014 Dec 18.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25532804)
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2) David LA, Materna AC, Friedman J et al. Host lifestyle affects human microbiota on daily timescales. Genome Biol. 2014;15(7):R89.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25146375)
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3) O’Keefe SJ, Li JV, Lahti L et al. Fat, fibre and cancer risk in African Americans and rural Africans. Nat Commun. 2015 Apr 28;6:6342. doi: 10.1038/ncomms7342.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25919227)
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医者 大塚真紀
腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。
現在は夫の留学についてアメリカに在住。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。
アメリカにいても医師という職業を生かし、執筆を通して患者さんやその家族のために有益な情報を提供できたらと願っている。