腸内細菌の多様性が低いことは、便秘だけでなく、肥満や自閉症、腸炎、自己免疫疾患などと関連するといわれています。では、腸内細菌の多様性を維持するにはどのようにすればよいのでしょうか。今回は、腸内細菌の多様性を増やすために役立つような研究を3 つ紹介します。
狩猟採集民族の腸内細菌は多様性がある
アフリカのタンザニアに、古くからの生活様式を続けている狩猟採集民族がいます。彼らはハッザとよばれる民族で、現在でも自ら狩りや植物の採取を行い、生活をしています。 2015 年2 月に「Nature」誌に報告された研究によると、ハッザ民族の腸内細菌は現代人と比べると菌の種類が非常に多いことが明らかになりました。また、興味深いことにハッザ民族の男性と女性を比べたところ、腸内細菌に違いがあることがわかりました。原因としては、女性は植物を採取して食べることが多いため、植物の消化に適応した腸内細菌が増えたのではないかと考えられています。また、現代人に比べて入手できる食材が乏しくなる可能性があるハッザ民族の腸内細菌は、食物の変動に耐えられるようになっており、病原菌にも強いといわれています。女性の場合には、食物が少なくても妊娠できるように栄養を吸収できるようになっていると考えられています。 ハッザ民族に比べて現代人は、衛生状態がよすぎること、精製された食材、抗菌薬の使用などにより細菌にふれる機会も少ないため、腸内細菌の多様性が失われているのではないかと懸念されています。 では、サルとヒト、そしてヒトによっても住んでいる場所によって腸内細菌の多様性は変わるのでしょうか。進化すればするほど腸内細菌の多様性は乏しくなる!?
次に紹介する論文は、アメリカの研究チームによって2014 年11 月に発表されたもので、チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、ヒトの便を比較し、腸内細菌の多様性について報告しています。ヒトはサルから進化したといわれていますが、腸内細菌はどのように変化しているのでしょうか。 今回の研究では、チンパンジーとボノボの便はコンゴで採取し、ゴリラの便はカメルーンから手に入れています。また、ヒトの便もアメリカ合衆国市民からはじまり、アフリカ・マラウイ共和国のいなかに住む人、ベネズエラ熱帯雨林に住む原住民、アフリカ・タンザニアの狩猟民族、欧州の都市住人から採取しています。チンパンジーは160 匹、ボノボは70 匹、ゴリラは186 匹、ヒトはそれぞれの地域で27-317 名を対象に、採取した便を解析しました。 結果を見ると、腸内細菌の種類や構成比が違うことが明らかになりました。動物同士でも、ボノボとチンパンジーとゴリラでは腸内細菌の組成が違いました。 また、ヒトのように動物性脂肪の多い食事を摂っているとバクテロイデスとよばれる菌が5 倍以上に増えていることがわかりました。一方で、食物繊維を分解し、消化する能力のある古細菌の種類は大きく減っていました。 腸内細菌の種類を実際に数えてみると、野生の類人猿(ボノボ、チンパンジー、ゴリラ)は平均85 種類ですが、ベネズエラ熱帯雨林に住むヒトでは70 種類、マラウイに住むヒトでは60 種類、アメリカ人では55 種類という結果になり、ヒトはサルに比べて30 種類も腸内細菌の種類が少ないことが明らかになりました。 食べ物もいつでも手に入り、衛生状態がよい都市に住むのは便利かもしれませんが、引き換えに腸内細菌の多様性を失っているといっても過言ではないようです。腸内細菌の多様性が低いと、肥満や自己免疫性疾患、胃腸の病気などを起こしやすいのではないかと考えられています。 とはいっても、狩猟採集時代の生活に戻るというのはほぼ不可能です。では、現代人が腸内細菌の種類を増やし、腸から健康を維持することは難しいのでしょうか。トップアスリートの腸内細菌は高い多様性を維持している
アイルランドの研究チームは、2014 年12 月にトップアスリートの腸内細菌は通常の人に比べて多様性が高いことを「Gut」誌に報告しています。研究チームは、運動が腸内細菌に与える影響を調べるために、トップアスリート40 名、健康で普通の生活を送っている23 名、肥満の人23 名を対象に便を解析しました。 結果を見ると、トップアスリートは、普通の人や肥満の人に比べて腸内細菌の多様性が高いことが明らかになりました。肥満の人は、3 つのグループの中で最も腸内細菌の多様性が低いことがわかりました。また、一般の人に比べるとトップアスリートはタンパク質の消費量が多く、食事の内容も腸内細菌の多様性 に影響しているのではないかと考えられました。 つまり、運動と良質なタンパク質の摂取により腸内細菌の多様性を高められる可能性があるということです。さいごに
今回は、腸内細菌の多様性に関する論文を3 つ紹介しました。今さら狩猟採集民族のような生活はできないし、かといってトップアスリートのように毎日運動をして体を鍛えることは難しいと考えられます。 しかし、今回の3 つの論文から、菌にふれる(過剰な衛生はよくない)、野菜などの食物繊維を食べる、動物脂肪を摂りすぎない、良質なタンパク質を摂取して運動をする、ということは腸内細菌の多様性を高めるために有効なことがわかりました。 腸内細菌の多様性が維持されていることは、肥満だけでなくさまざまな病気の予防になるのではないかといわれています。健康な腸内環境のために、できそうなことから始めてみるのもよいかもしれません。参考文献
1) Schnorr SL. The diverse microbiome of the hunter-gatherer. Nature.2015 Feb 26;518(7540):S14-5. doi: 10.1038/518S14a.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25715276)
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25715276)
2) Moeller AH, Li Y, Mpoudi Ngole E etal. Rapid changes in the gut microbiome during human evolution. Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Nov 18;111(46):16431-5. doi: 10.1073/pnas.1419136111. Epub 2014 Nov 3.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25368157)
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25368157)
3) Clarke SF, Murphy EF, O’Sullivan O et al. Exercise and associated dietary extremes impact on gut microbial diversity. Gut. 2014 Dec;63(12):1913-20. doi: 10.1136/gutjnl-2013-306541. Epub 2014 Jun 9.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25021423)
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25021423)
医者 大塚真紀
腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。
現在は夫の留学についてアメリカに在住。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。
アメリカにいても医師という職業を生かし、執筆を通して患者さんやその家族のために有益な情報を提供できたらと願っている。