「酒は百薬の長」といって、昔から少量のアルコールは体によいとされてきました。しかし、アルコールは人によって分解できる酵素が少ない、またはないこともあり少量でも毒となることがあります。また、長い間、多くの量のアルコールを飲んでいるとすい臓や肝臓、脳など全身の臓器に悪影響を及ぼすことがあります。
今回は、アルコールが腸内細菌に与える影響について明らかにした研究を紹介します。
アルコールは腸内細菌のバランスを乱す
アルコールがすい臓や肝臓、脳、心臓など全身の臓器に悪影響を及ぼすことは明らかであり、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドが発がん性のある物質であることもわかっています。アセトアルデヒドは、飲酒後や二日酔いの時に頭痛や吐き気を引き起こす原因物質でもあります。しかし、どのようなメカニズムで悪影響を及ぼすか、また腸内細菌とどのように関連しているかはまだ明らかになっていないことも多いです。 現時点でわかっていることとしては、以下が挙げられます。 1, アルコールによって腸内細菌のバランスが崩れ、体に有害な物質を産生する菌の割合が増える。 2, アルコールの代謝産物によるアセトアルデヒドによって腸の粘膜が傷つけられ、有害な物質が腸の粘膜からもれ出て、全身にまわり臓器を傷つける。 3, 体にとって有害な物質は、肝臓によって代謝されるが、アルコールを長期的、または大量に飲み続けることで代謝しきれなくなり体に悪影響を及ぼす。 このように、アルコールは体に有害な毒素を出す腸内細菌を増やす可能性があります。アルコールによる悪影響を抑えるには
アルコールによる悪影響を抑えるには、アルコールを飲まないことが一番です。 一方で、今までの研究によってアルコールによる悪影響を減らす可能性のあるものがすでにいくつか挙げられています。 例えば動物実験では、乳酸菌を与えると飲酒によって増えるような悪玉菌を減らし、体にとって有害な物質も減ることが確認できています。また、腸内細菌には直接作用しないものの、アルコールによる腸の粘膜の傷を防ぐ効果を期待できるものとしてアミノ酸の1 種であるグルタミンや穀物であるカラス麦、亜鉛などが動物実験で検証されています。長期にわたってお酒を飲んでいる人の腸内細菌はどう変化する?
日本の研究チームが2016 年6 月に報告した研究によると、習慣的に大量の飲酒を続けているアルコール依存症患者の腸内細菌は、健常の方の腸内細菌に比べて酸素に耐性のある菌が増えていることが明らかになりました。 研究チームは、アルコール依存症患者16 名と健常者48 名の便を採取し、腸内細菌の構成を比較しました。 結果としては、アルコール依存症患者において酸素耐性のないバクテロイデスやルミノコッカスがやや減少し、酸素耐性のあるストレプトコッカスが増加していることがわかりました。腸の中は、酸素が少ない状態なので健常者の場合には酸素耐性のない腸内細菌群がほとんどを占めることが多いといわれています。 しかし研究結果から、アルコールを長期間、大量に飲んでいると体の中に活性酸素とよばれる有害物質が増えるため、活性酸素に対応できる菌が増えているのではないかと考えられました。活性酸素とは、酸素分子が反応性の高い形に変化したもので、体の中の反応で発生します。少量であれば代謝されるので問題ないものの、今回のように飲酒などで大量に発生すると体の中で代謝しきれなくなり細胞を傷つけ、結果的に老化やがんの原因になると考えられています。 今回の研究では、アルコールを長期間、大量に摂取している場合の腸内細菌の変化を捉えたという点で画期的ですが、全身に影響を及ぼすアセトアルデヒドとの関連や、アルコール依存症患者における大腸がんのリスクの増加との関連は明らかにできていないので今後のさらなる研究が期待されます。さいごに
アルコールが腸内細菌のバランスを変化させ、体に有害な物質を増やすこと、また有害な物質のために全身の臓器が悪影響を受けることが今までの研究でわかっているようです。日本人のアルコール依存症患者を対象とした研究では、ヒトの腸内細菌を直接観察しているのでアルコールを飲んでいない健常者との違いが明らかにわかりました。 しかし、今後より多くのヒトを対象とした研究で腸内細菌のバランスの変化だけでなく、体にとって有害な物質を減らす方法やアルコールによって乱れた腸内細菌の改善方法などが明らかになることが期待されます。 どちらにしても、お酒はほどほどにしておくのがよいでしょう。参考文献
1) Purohit V, Bode JC, Bode C et al. Alcohol, intestinal bacterial growth, intestinal permeability to endotoxin, and medical consequences: summary of a symposium. Alcohol. 2008 Aug;42(5):349-61. doi: 10.1016/j.alcohol.2008.03.131. Epub 2008 May 27.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18504085)
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18504085)
2) Tsuruya A, Kuwahara A, Saito Y et al. Ecophysiological consequences of alcoholism on human gut microbiota: implications for ethanol-related pathogenesis of colon cancer. Sci Rep. 2016 Jun 13;6:27923. doi: 10.1038/srep27923.
(http://www.nature.com/articles/srep27923)
医者 大塚真紀
腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。
現在は夫の留学についてアメリカに在住。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。
アメリカにいても医師という職業を生かし、執筆を通して患者さんやその家族のために有益な情報を提供できたらと願っている。