がんは、日本人の2人に1人が発症するといわれています。また、日本人の死因の第1位です。世界的にもがんで亡くなる人は多く、がんに対する治療法の開発は大きな課題です。
近年、新しい抗がん剤として免疫チェックポイント阻害薬が注目を集めています。
今回は、免疫チェックポイント阻害薬の効き方に腸内細菌がどのように影響するか明らかにした研究を紹介します。
期待の高まる抗がん治療薬「免疫チェックポイント阻害薬」とは
がんに対する治療法は大きくわけて3つあります。手術、放射線治療、抗がん剤です。
どの治療法もがん細胞だけでなく正常な細胞にも影響を及ぼすため、ほとんどの場合で副作用が起きることが問題となっています。副作用は患者を苦しめ、時に治療の継続が困難になることもあるため、がん細胞だけを攻撃できる治療法が望まれています。
ところで、なぜがん細胞は果てしなく増えて私たちの体をむしばむことができるのでしょうか。
私たちの体には免疫とよばれる、異物を排除し攻撃する能力があります。しかし、がん細胞は私たちの免疫機能を抑えることができるので、異物として排除されずに増殖を続けます。
そこで、がんに対して免疫機能を正常にはたらかせる作用のある薬の研究が進み、近年「免疫チェックポイント阻害薬」として使用できるようになりました。
日本でも難治性の皮膚や肺のがんなどに対して使用することができます。
免疫チェックポイント阻害薬は非常に高価な薬で、まだ適応となるがんの種類も限られてはいるものの、従来の治療法では効果がなかったがん患者を救える可能性があるのではないかと期待されています。
どんな薬でもそうですが、薬の効きやすい人と効きづらい人がいます。
免疫チェックポイント阻害薬の治療を受ける患者が増えると共に、同じがんに対して使用しても、免疫チェックポイント阻害薬の効果の表れ方が異なることがわかってきました。
腸内細菌が免疫チェックポイント阻害薬の効き方を変える
アメリカとフランスの研究チームはそれぞれ、腸内細菌が免疫チェックポイント阻害薬の効き方に影響しているのではないかと考えました。
まずアメリカの研究チームは、免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1抗体薬の治療をした皮膚がん患者112人から採取した便を分析しました。すると、治療効果のあった患者の腸内細菌は、治療効果のなかった患者に比べて多様性に富んでいることがわかりました。
特に、治療効果のあった患者の腸内ではルミノコッカス属とフィーカリバクテリウム属の細菌が多いことが明らかになりました。研究チームが、治療効果のあった患者の便をマウスに移植すると、そのマウスも抗PD-1抗体薬に良く反応したそうです。
一方でフランスの研究チームは、免疫チェックポイント阻害薬の治療を受けた肺がん、腎臓がん、膀胱がんの患者249人を対象に治療効果や腸内細菌について調べました。
結果を見ると、治療の前後で抗菌薬を使用していた患者は、抗菌薬を使用していなかった患者に比べて免疫チェックポイント阻害薬の効きが悪く、生存期間も短かったことがわかりました。
抗菌薬は、腸内細菌のバランスを崩すといわれています。
また、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を認めた患者の腸内では、治療効果を認めなかった患者に比べてアッカーマンシア・ムシニフィラという腸内細菌が検出されやすいことがわかりました。
同研究チームは、治療効果のあった患者の便をマウスに移植すると、免疫チェックポイント阻害薬である抗PD-1抗体薬の治療効果があることも確認しました。
そして、抗菌薬を投与したことによって抗PD-1抗体薬の効き方が悪くなっているマウスにアッカーマンシア・ムシニフィラを移植すると、がんに対する免疫細胞のはたらきがよくなり、治療効果が改善することを明らかにしました。
これらの2つの研究は、世界的に有名な科学雑誌である「Science」に2017年11月に報告され注目を集めています。
今回の研究結果から、免疫チェックポイント阻害薬の効果を出すために腸内細菌のバランスが重要であることが示されました。
また、抗菌薬の使用歴がある場合には免疫チェックポイント阻害薬の効きが悪くなる可能性もあるため慎重な投与が必要かもしれません。
腸内細菌のバランスを整えることや、ある特定の腸内細菌を増やすことによって免疫チェックポイント阻害薬が効きやすくなるかどうか今後多くの人を対象にして検討されることが期待されます。
さいごに
腸内細菌の多様性が乏しいと、腸の病気だけでなく、がんや心臓病、糖尿病などさまざまな疾患を引き起こすことがわかっていますが、抗がん剤の治療効果にまで影響するとは驚くべき研究結果です。
今回紹介した2つの研究は、新しい治療薬として注目されている免疫チェックポイント阻害薬の有効性をさらに高めるために大きな貢献をしたといえます。しかし、対象となっている患者数はまだ少ないので、今後さらなる研究が行われることを期待します。
参考文献
1) Gopalakrishnan V, Spencer CN, Nezi L et al. Gut microbiome modulates response to anti-PD-1 immunotherapy in melanoma patients. Science. 2017 Nov 2. pii: eaan4236. doi: 10.1126/science.aan4236.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29097493)
2) Routy B, Le Chatelier E, Derosa L et al. Gut microbiome influences efficacy of PD-1-based immunotherapy against epithelial tumors. Science. 2017 Nov 2. pii: eaan3706. doi: 10.1126/science.aan3706.
(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/29097494)
医者 大塚真紀
腎臓、透析、内科の専門医。医学博士。
現在は夫の留学についてアメリカに在住。アメリカでは専業主婦をしながら、医療関連の記事執筆を行ったり、子供がんセンターでボランティアをして過ごしている。
アメリカにいても医師という職業を生かし、執筆を通して患者さんやその家族のために有益な情報を提供できたらと願っている。