日本食に欠かせない醤油や味噌などの発酵調味料。材料を発酵させるのに欠かせないのが「麹」です。その麹の文化を見つめ直し、未来に伝える取り組みをしている石川県輪島の谷川醸造株式会社の四代目・「おたかさん」こと谷川貴昭さんと、「およねさん」こと谷川千穂さん。腸活でも取り入れる人が多い麹。そんな麹のすごさをもっと知るために、ウンログ・ナガセが蔵の見学と、麹のチカラと未来への取り組みについてお話を聞いてきました。前半は、谷川醸造の麹に対する強い思いや麹の働きについておうかがいします。
醤油や味噌の個性になる「麹」にこだわりたい
ナガセ:今回は、蔵の見学とお話をおうかがいできる機会をいただけて、大変嬉しいです!まずは、谷川醸造さんがどんなお仕事をしていらっしゃるのか教えていただけますか?
谷川貴昭さん(以下、おたかさん):谷川醸造は、「サクラ醤油」や「サクラ味噌」などの発酵調味料、糀商品の製造と販売を行っています。もともとは、曽祖父の時代に日本酒の製造をメインに立ち上がった会社でした。その後、焼酎を作ったり、ビールの卸をしたり、もちろんお醤油やお味噌もつくっていたんです。2003年に清酒製造を辞めて、現在は醤油と味噌作りが中心ですね。
ナガセ:谷川醸造さんは商品パッケージがとても可愛らしいですよね。webサイトも醤油や味噌の蔵のページだと思えないくらいおしゃれでした。
おたかさん:消費者の皆さんに、醤油屋さんとか味噌屋さんをもっと身近に感じで欲しい、という思いでパッケージやwebサイトは親しみやすい可愛らしいものにしています。もっといいイメージを持っていただきたいんですよね。
醤油屋さんとか味噌屋さんは、それぞれの伝統的なカラーが強いなと感じているんです。例えば、醤油屋さんだったら、はっぴを着て、櫂棒(かいぼう)を付いているイメージありませんか?それって、一般の方にはすごくハードルの高いものだと思うんです。だけど、実際には、お醤油って毎日の食卓で使われるものなんですよね。だから身近に感じてもらえることを目指しています。
ナガセ:味もとても美味しかったです!パッケージだけでなく、実際のお醤油作りにもこだわっていらっしゃるんですよね。
おたかさん:お醤油は、伝統的な作り方にこだわっています。自分たちでもろみを作って木桶で熟成を行なっているんです。
僕が蔵で働きはじめた頃は、もろみは自分たちでは作っていなかったんです。戦後は大量生産のために、もろみを絞ってできた未加工の生揚げ醤油を他の蔵から卸してもらって、味を整える生産方法が一般的だったんです。僕たちもその方法で、醤油づくりをしていました。
だけど、僕が四代目として蔵を継いだ時に、最低限、醤油は麹から作る、ということをしないと僕は醤油屋を続けていけないなと思ったんです。だから、初めはわからないことばかりで、質が悪くても、お金がかかっても、どんな形でもいいからもろみを作って熟成する、ということにこだわってきました。
ナガセ:麹から作ることにこだわりをもったのはどうしてだったんですか?
おたかさん:働きはじめたときは、日本酒作りに関わっていたんです。杜氏さん(日本酒の醸造工程を行う人)に教えてもらいながら醸造のことを覚えていきました。瓶詰めなどの製造の部分は、前任者が僕が入ってすぐやめてしまったので、わからないまま引き継いで結構苦労したんですよ。日本酒作りを醸造から製造まで一貫して任されたことで、作ることの楽しさとか、商品に対する考えや想いってとても大切なんだと実感したんです。それはもちろんお醤油でも同じなんですよね。
醸造では、麹が出来上がりに影響を与えます。出来上がりの良し悪しにも影響しますが、作る人によって麹に個性が出るんですよ。日本酒だと麹のの個性が飲む人の好き嫌いをはっきりと分けるんですが、お醤油もそれぞれに個性があるんです。
今は、個性が求められる時代。だからお醤油の個性である麹にこだわっているんです。
ナガセ:木桶の熟成も個性を引き出すポイントなんですよね。
おたかさん:そうですね。木桶を使った熟成ができているのは、昔からこの設備があったからなんです。とてもありがたいですね。木桶にはいろんな微生物が住むことができますから、それが僕たちの独特の味やカラーになっていくんじゃないかなと思います。
ナガセ:麹を自分たちで作るようになって、何か変化はありましたか?
おたかさん:素材にこだわれるようになりました。僕たちは、材料に地域色の強いものを使うようにしています。例えば大豆だと、奥能登で作られている「大浜大豆」というものを使っているんです。この辺りは塩作りも盛んなので、塩も珠洲で作られている塩を使っています。地元で作られた素材の良さを活かすことで、地域の発信にもなっていきたいですね。
ナガセ:お醤油を買う時に材料の生産地域とか銘柄って考えたこともなかったです。
おたかさん:今は、スーパーで発酵調味料を買うのが当たり前になってると思うんですけど、本当ならお醤油もお味噌も麹さえあれば簡単にできるんですよ。もともとは各家庭で作られていたものなんです。例えば、農家さんだったら、田んぼでお米を作って、かたわらのあぜで大豆を植えていました。お米ができたら、麹屋さんで麹と交換してもらうんです。お味噌なら、自分で作った大豆を煮て、塩と米麹を混ぜて、自分たちで作っていたものなんです。
本当は家庭で誰もが作れるものだからこそ、それを専門とする蔵として、自分たちで手をかけて麹を作って、発酵調味料を作る、ということを大切にしています。結果として、材料にもこだわることができて、僕たちにしかでしかできない醸造になっていると思います。
麹菌や酵母菌、様々な菌と僕たちと“共存”している
ナガセ:麹への強い想いが、美味しい発酵調味料を作っているんですね!醸造に欠かせない麹ですが、そもそも麹ってどんな働きをしているんでしょうか?
おたかさん:麹は、単体で発酵するわけではないんです。麹菌の酵素を使って、大豆や小麦のタンパク質をうまみであるアミノ酸に、デンプンをブドウ糖に分解します。麹の甘酒って、お米と麹だけなのにすごく甘いですよね。それは麹菌がお米のデンプンをブドウ糖に変えてくれてくれているからなんです。
味噌や醤油の場合は、できたブドウ糖が乳酸菌や酵母菌のエサになって、発酵を促してくれるんです。発酵を始めるための大事なスターターです。なので「ありがたい存在」なんです(笑)。
僕たちからすると、働いてもらっている、という感覚なんです。料理とかだとある程度の技術が必要になってくると思うんですけど、醸造で僕たちがやることは、彼らの働きやすい環境を整えてあげることだけ。
だけど、麹菌だって僕たちのために働いているわけじゃないですから、それでご飯を食べさせてもらっている身としては本当にありがたいです。
ナガセ:win-winなんですね。
おたかさん:そうですね。まさに共存です(笑)
ナガセ:麹との関係の中で苦労することってあるんですか?
おたかさん:苦労というのはないですけど、おもしろいなと思います。麹は毎週作っていて、お醤油やお味噌は毎年10月くらいから春先までのシーズンで作るんです。毎回出来が違うんですよ。いろいろな環境を試して、今回はいい感じになったんじゃないか、っていうのを毎週、毎年繰り返すんです。いい出来だと使うのもったいなくなっちゃったりするんですよね(笑)。
微生物の専門家の方とお話をさせてもらったりすると、「オリゼー(醤油や味噌を作るときに使われる麹菌)ってどんなヤツだと思う?」って聞かれたりするんです。みんな「あいつはいいヤツだ」とか「あいつはやんちゃなヤツだ」とかいうんですよ(笑)。
お醤油やお味噌、日本酒など、それぞれの醸造・発酵に適している菌が多種多様にいて、その菌の働き方で専門家の方はそういう話をされるんです。だから適材適所で、上手に共存していく関係なんだと思います。
普段何気なく使用している醤油や味噌の発酵調味料。谷川醸造さんでは麹へのこだわりで自分たちの個性を表現されているんですね。後編では、麹をもっとたくさんの人に幅広く楽しんでいただくための取り組みや、今後の展望についてお話をうかがいます。
参考文献
・館博(2015)『図解でよくわかる 発酵のきほん』誠文堂新光社
・一般社団法人日本発酵文化協会(2018)『発酵検定 公式テキスト』実業之日本社
ウンログ株式会社・うん広報 長瀬みなみ
ウンログ株式会社”うん広報”。ウンログ女子部の”うんコミュニティマネージャー”としてイベント企画なども行う。
学生時代から慢性便秘に悩まされ、独自に腸活に勤しむ。発酵食品好き。
世界に「いいうんち」を増やすため日々奮闘中。